文京区 傳通院(無量山傳通院寿経寺)清河八郎とお蓮のお墓参り
東京都文京区にある傳通院(無量山傳通院寿経寺)は、徳川家ゆかりのお寺。家康の生母・お大の方や秀忠の長女・千姫など他、多くの著名人が眠ります。今回は、山形県庄内町出身の幕末の志士、清河八郎と妻・お蓮のお墓をお参りしました。
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傳通院への行き方
傳通院(でんつういん)の最寄り駅は、東京メトロ後楽園駅や都営地下鉄春日駅。春日通りを茗荷谷駅方面へ歩き、伝通院前交差点を右へ曲がると、正面に傳通院の山門が見えてきます。
処静院の石柱
まず最初に、山門脇の傳通院にあった塔頭のひとつ「処静院(しょじょういん)」その跡に残る石柱を見学します。刻まれた「不許葷酒入門内(くんしゅもんないにいるをゆるさず)」とは、お酒や臭いの強い植物などは修行の妨げになるので、これらを食した者は境内へ入ることを許さないという意味らしい。
処静院では文久三(1863年)年に浪士隊の結成大会が行われ、清河八郎をはじめ山岡鉄舟や近藤勇、土方歳三、沖田総司ら総勢250名が参加しました。傍にはそのことを伝える案内板があります。
傳通院の本堂から
山門から境内へ入って本堂をお参り。
清河八郎とお蓮の墓
本堂をお参りした後、左手にある観音堂墓地管理事務所で線香を求めます。その際に清河八郎のお墓がある場所を確認。
教えていただいた通り、お線香片手に歩いてゆくと木のそばにお墓を見つけました。
清河八郎と妻・お蓮の墓がふたつ仲良く並んでいました。(写真撮影は自粛)
徳川幕府から追われる身となった清河八郎との再会を信じて、投獄されてから厳しい拷問に耐え抜いたお連。最後は不治の病にかかり、庄内藩邸内の牢に移されてでなくなったそうです。
ちょうど早春に訪れた、山形県庄内町の清河八郎記念館で。悲痛な思いで獄中から金の工面を頼む、お蓮が出した手紙を読んだことが胸によぎりました。
傳通院の基本情報
住所:東京都文京区小石川3丁目14−6